るーさんと駆ける 

RENAULT LUTECIA3RSとKangooを主婦が皆さんの協力と知恵をいただきながら一生懸命乗っています。

次は一歩先に

 この2年ほど、家族内ではいろいろな変化が起きて、気苦労は絶えないし、本当に人生に完全なる休みというのは無いのだなと思わざるを得ないし、神様がいらっしゃるのなら、神が与えたもうた試練をもう少し分割して欲しかったと思うけど、きっと分割したら一生に収まらないのではないかとも思う。

ただ、ここ半年単純に作業時間というのは減っていて、神様のせめてもの贈り物かと感謝。

就寝時間が早くなり、眠れる時間が増えたと喜んだ。しかし。

勝手な想像だけれど、今まできっと脳の引き出しの整理が追いついていなかったのか?怒涛の勢いでメンテナンスしているかの様に、夢ばかり見る。夢のカケラたちは確かに私の生活の中に出てきた記憶のパーツたちだけれど、はたと目が覚めて、現実にはあり得ないけれど思い出すと眠れなくなるような夢見の悪いものから、そういう組み合わせかーい!とツッコミたくなるような摩訶不思議なものまで。

寝言が多いのは昔かららしいが、先日は「今お金がなくてね、走れないのヨォ…」って言っていたらしく、夫が恐縮していた。ここで詳しく説明する必要はないと思うけれど、私に言わせれば彼が恐縮する必要などないのだけれど。彼は養っているという立場なんだろうな。情けない。体力がもう少しあったら働きたい。特に人に誇れる肩書きもキャリアも持っていないけれど、こだわらなければできる仕事はある。

そもそも、家事や看病、介護という経験値には社会的評価は期待していないしなあ。みんな通るのにね。

 

家族が20代となり、それなりに若さゆえの苦労をし始めて、それを眺めながら若いなあと思い、自分の同じ頃を思い出している。

コロナ禍で自殺者が増えていると聞くし、そうでなくても近年自殺者が多いとは聞いたことがあった。私自身は20代の前半に一度だけ死にたいと思ったことがあって(こういうことを書くと後で自分のスマホの広告欄に影響が出るのが最高にうざったい。負けるもんか)、ちょっと想像しただけで死ぬほうが怖かったので、そこからいろんなしがらみを捨てて頑張った。捨てれば苦労はつきもの。捨てる勇気を持つと助けてくれる人が現れた。

実家を離れてしがらみを捨てたお陰で助かったなと思う反面、しがらみには関係のない昔の友人関係も疎遠になって、時々寂しいなと思うけれど、話してもあまり良いことにもならなかった(多分ドン引き)と思うから、仕方がない。結果的に実家の最後は引き受ける事になっていて、まあそれも納得のいく修行。親があって私がある。

 

後年、苦しさに耐えかねて人生の幕引きを図った場合、次の人生では同様の苦労をやり直すと言われていると知った。魂がその苦労を乗り越えるまで繰り返すということか。

苦しみをインスタントに逃れるために、人はいろんな逃げ道や言い訳を考える。挙げ句の果てに人を陥れることもある。何事も正しければ良いというのものでもないとも思うが、親子でどっちかというと正直もんがバカを見るに近い方で生きてきちゃってる。

では、毒喰らわば皿まで、清濁併せ呑むの境目はどこか(笑)難しすぎるわ。

黄色信号に突っ込むかどうか、とちょっとだけ似ている気がする。遠くから視界に入れていれば迷わず、強いブレーキも踏まなくても良い。(最初から迷わなかった優秀な人間ではないけれど)ある意味単純な事なのに、人は迷うこともあるし、周囲の状況を判断するべき場合もあるし、何が清で何が濁で何が毒かは、時にびっくりするほど人によって基準が違う。

 

今度の秋か、来年になるとちょっと忙しそうだなと思う。まだ楽になるにゃ早いかあ…

来世は仕事に生きようと勝手に決めてる。それまでタマスィー(魂です、念のため)の修行だなあ…何事も下積み下準備か。

 

がんばれうちの若者たち。こういうのは全部は言えないけど、見てるのも大変だけど、いつも心は近くにはいる。

お互い今世で精一杯生きて、来世は一歩先に。

 

今朝は、抹茶のニューヨークチーズケーキを作ってみた。

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この本を見て。

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毎日大変だけど、こういう幸せもあるから生きてて楽しい。