主人公カペタくんは中学生になりました。
スカラシップをかけてスクールに参加。
大人買いで中古を買いましたが、いつか新品を買えたら買い直そうかなあともちょっと思いました。
今は背に腹は代えられないのでお許しください作者さん。
2018年のアンコール刊行の本は少々体裁が違ってます。
やるべきことができないのも疲れます…
とりあえず、じわじわと可動範囲が出てきて、どうにか折り合いをつけて、最低限のことはやっておりますが。大掃除は完全に諦め。
10月ごろにダニ(ホコリ)撲滅キャンペーンを一人で勝手にやっていたので、大掃除の心残りがひとつは減っていたのですが…
昨日は年1の検診に行ってきました。
朝から頭痛、吐き気、動悸もしてるのに、心電図も全く引っかからず(笑)先方は悪くないので、やり場のない理不尽さを覚えながらなんとか終了、そのまま主治医の皮膚科に駆け込みました。
口囲皮膚炎。
口周り真っ赤です。もう1週間以上。
事情聴取(笑)の上、推定される原因は、先月末追加した化粧品のパック。当然荒れだしてからは使ってませんが…
おそらく使用頻度が高すぎて、常在菌のバランスが崩れた、とのことです。たった1~2週間のことなんですが…笑えちゃう。一応これでも女性やなあと(笑)
家に帰ってとにかく2時間ほど寝れました。
多分更年期も関係が…難しいお年頃ですね。
ホルモンバランスって、水面下すぎて目に見えない。何十年と自然にしてた状態が崩れるって、結構びっくり。思わぬところから奇襲される感じ。
でも、そうだという確証はないですね…そんな感じ。
自分もある意味そうなのですが、だからといって気を抜けない休めない、休んだ結果後で手間が増えて更に大変になるのが目に見えて、ついやってしまう…。
今はこうやって「更年期」って書けますし、割とフラットな医学的情報も見れますが、ひと昔前は、言うのをはばかられ、人知れず悩む方も多かったと聞きます。それは大変です。
男性にも更年期あるらしいって聞きます。眠れないとかあちこち痛むとか、イライラするとかやる気でないとか。大変よー。男性に更年期ないって思ってる人もまだ意外に多いかも。
気に病まない、対策を考える。思い切って人任せにするところを頑張って作る。そこの回り道を楽しまないと潰れますね。
家族の人生は、私の助けなくしては確かに不便だけど、彼らの人生は彼らの責任なのだから、私が無理なら皆自分でやるしかない。と自分に言い聞かせる。
「さじ加減と作業の分散」
今後のテーマですなあ。
1年中ゆるい大掃除、ってしないとこの先ダメかなあって思ってます。
寒波がやってくるらしいです。
皆さま、風邪などひかないよう、事故に遭われませんよう。
良いお年をお迎えください。
pixa bayより
腱鞘炎生活の暫定対策は
家にあった湿布を貼り、くっつく包帯で巻いてみました。
これが意外に良いです。掌の腱が痛いので、何もしてなくても突っ張る感があったのが、包帯がサポーターがわりになってるのかなあ?少し楽です。
サポーター欲しいなあと思いました。
腱鞘炎って、手首とか、肘とか、親指が多いんでしょうかねえ?そういうサポーターはいっぱい売ってるんですが…探してみよう。
きっとわたしのは軽症なんだと思うのですが、お医者さんがすごく簡素な対応で、その後の注意事項も、使わない方が治ります程度。すぐに治るのかと思っていたんですが、いろいろ調べてみたら、注射の効能も結構な長いスパンで見ないといけないみたい。いろいろ工夫して頑張って克服しよう。
自分の身を守るのは自分だ。
それと、先日書いたユイレーシングの仲間とやり取りしてた中で、反省もあったけど、嬉しかったことがありました。
私自身は習った基本をまずしっかりできるようになって、それから自分なりの工夫だとか基礎からの広がりを求めて行くと、すごく自由に柔軟な走りができて、でも基礎から大きく離れない、っていう領域に入れる様に考えてました。凄く微妙な事で、確信が持てるのに時間がかかりました。
コースでできるとは今は思いません。
簡単にやってはいけないと思ってます。
仲間の話から、ひょっとしたら同じことを考えているかもなあと感じたことが嬉しかったのです。
確認はしてないんだけど。
あんまり、個人としての会話の内容をこういう所に書くものではないのは承知していますが、そういうことを各自がやっていても、スクールが成立するという体制が維持されてる懐の深さを今年中に伝えたかった、許してくれ。
参加回数が減っているのでコースでそこまではできていませんが、日常の公道ではかなり柔軟な走りになってきました。そういう意味での実感はあります。
なによりもすごくそれが嬉しいですね。
イメージしたライントレースに対しての操作の工夫。速くなくてもそこは検証可能。
乗ってる回数が多いヴイッツの方が今は上手。
ブレーキの最後が離れにくいのと、スロットルの立ち上がりが猪突なのはどうしようもないけれど、夫がスロットル系だけ余ったケーブルでアーシングしたら、不思議と扱いやすくなりました。
結局文章長いなあー(笑)
ここで今日は止め!
昨日腱鞘炎の治療で注射を打ちました。中指が伸ばせません。
腱鞘炎になった原因はよくわかりません。
更年期の女性はなりやすいという話もあり、まあ、主婦業は手を酷使することでもあります。他にもいろいろね(笑)家事はできないが運転はできるぞ(笑)
注射には炎症どめと、局部麻酔が入っているそうで。
注射前
注射後一昼夜
腫れはまだあるが、効いてきてます。
前回、注射2日後に完全に腫れが引いたので家事再開したらぶり返したので注意が必要です。
次打つなら、ひと月以上後にしないとダメだと言われました。
あまりに治らないと手術になるらしい(^◇^;)
ピースサインができない女というのをネタにしていたら、
ガッツポーズも中途半端だと気がつき(笑)
夫にやって見せたら呆れ笑われました…
まあ、何が困るって洗濯ですね。下洗いとか、選別のセンスとかはやっぱり経験値。手伝ってもらった時は相手に充実感持って欲しいから、頼み方が難しい…トホホ。
手の方がそういうこともあり、この年末を機会に、元々迷っていたのですが、発言量を減らしていこうと考えています。今日も、左手中心の作業です。
主婦なので、閉じこもってしまうのは避けたい、だけど発信したことに対して読んでいただいた方々が何を思われたのかを全て知ることはできないわけで。
例えばユイレーシングスクールのことをたくさん書いていますが、書いている私自身、それなりのプレッシャーを感じながら書いてます。
本当に、私個人の経験でしかないのですが、それで伝わることも玉石混交となってしまう可能性もあり、結局書ききれない事もあります。
やっぱりそこは、興味を持っていただいた方に、スクールのサイトのコンテンツを見ていただくとか、参加をしていただくとかするのが一番なんだと、そこの葛藤もずっと抱えていました。
でも、こういう世の中だから、発信することも、YRS(ユイレーシングスクール)の末端に連なる一員としてしていきたい、という思いは変わりません。
ということで改めて
ルノー・ジャポンのウェブサイトに師匠がブログを綴っておられます
幸い、参加する中で自然と意気投合して、私のブログを日頃から読んでくれて、時々意見とか評価をしてくれる仲間ができて、スクール外で個人的に率直な話し合いを持つ事も時にはあります。大体は運転談義だったりしますが。彼のほうが経験値が高いので、こっちの方も聞きたいことがいっぱいあるんだけど、シュフ的に難しくてセーブもしていて、直に会える機会は減っているので残念です。まあ、誰に対してもその状況です。オンラインに助けられてます。
YRSは一貫して、基礎にある理論は教えてもらえて、練習しやすい環境が考えられていて、その中で自主性と個人の学びを尊重してくれる、という印象を私は持っていて、しかし危険や明らかな間違いにつながるという時には的確な指摘をくれる、という経験を何度もしました。
そういう指導を受けてきた仲間で、お互いに思い切って自分の意見を言う、という機会を何度か経て今があって、大事な仲間です。
文字にするとちょっと大げさだね(笑)
今までのそういう積み重ねもあって、ずっと自分なりにも考えてきた結果が今、でもあります。
さて、タイトルに例外編と書きました。
その2の時に、サーキット走行のオーバーテイクのことを話題にして書きましたが、ルールが決まっていて、それを守るべきだということは(結果その方が全体が整い個の余裕が増えてある意味自由度が上がるイメージ)自分の考え方として基本にありますが、それにこだわりすぎて現状に合わない事をしてしまう場合もあると思っています。
譲るっていうのはどういう事なのか、というのはそれこそ書ききれません。私にもまだわかりません。
運転の基礎の徹底と、経験値だと思っています。
だから、私は経験値が少ないのが致命的。考えるより書くより本音は走りたいシュフ!
20回近くスクールには参加してきましたが、本当に自分の車に対する経験不足と性格がよく現れていて、ある意味落ち込みますが、感謝してる分は頑張って恩返しと思ってここまで来ました。というか、走る場所としてほんとに楽しい。
そういうのが、複合として、時としてスクールに対する「盲信」という捉え方に見えるのかな…というのも以前から気がかりで人には言えずに内心気にしてました。
でも、盲信はないなあ。師匠もそれは望んでないと思います。だったらもっと違う教え方をされると思います。
公道でもコースでも、交通の中でうまくやっていくには、経験値が要りますね。あとは反省と検証。
自分と車の動きに興味を持てるようになったら、随分マシになりましたよ(笑)
お恥ずかしい例を言えば、
見切りが悪いのは、買い物行った時に車とラインや他車との位置関係をいちいち大げさに確認したり(だいたいギリと思ったら随分余裕がある)。車の形をもう一度よーく眺めてみたり。
運転中に同乗者に喋ると運転が下手になるとか、歌歌っちゃうとダメとか。私はその傾向が強い。
視線が近いとよく言われますが、結局あれは自分の直近の作業に自信がないから近くが気になるんじゃないかなと思いました。確信を持って操作をしていれば、その先の情報収集に意識が行きます。
最近の最大の失敗は、子供を駅に迎えに行って、早めに着いたから、窓を閉めて歌を歌っていたら、リヤウインドウが開いてたことかなあー
かなり心に傷だらけw
さーて、昨日から、つい手を使わないように漫画読むことにしました。Capetaっていう漫画です。
腱鞘炎のせいで手が使えなくて、食事づくりをセーブして3日目。
三日間もお弁当や外食を続けたのは新婚旅行以来初めてです。罪悪感山盛りです。
そういうわけで手が使えないうちに今年の総括を書いておきたいと思います。
今年は盛り沢山でした。
昨年の夏の終わりに一大決心でルーテシアを買ってから、ものすごく環境が変わりました。
自分でも望んでそこへ飛び込んでいったにもかかわらず、ちょっと戸惑ってます。
自分の持っているもので太刀打ちできないものを随所で感じるので(笑)
時々、今までとの世界の違いに、足元がおぼつかない感が出ますね(笑)
ただ、車好き、仏車好きの車愛をフェイスブック上のコミュニティで感じたりして、みんなすごいなあと感心したり共感したりしながら、かなり嬉しくなってきました。
ちょっとずれたことを言ったりしたりしているような気がすることもあって、なんだか申し訳ないような恥ずかしいような。
ほんとに相手をしていただいて皆さんに感謝しています。
家庭の方では、娘の就職が無事決まり、今は自動車学校にマニュアルコースで通っています。かなり大変そうです。もう何度「オートマでいい〜」と聞いたことか。
この辺は乗れないと困るから、車が嫌いになるくらいなら切り替えれば良いよと言っているのですが、でも一晩経つとやっぱり頑張るんだとか。仮免落ちたらオートマにするって言うてます。乗りたい車の矛先もちょっと変わってきました(笑)
二人共、特にこちらが勧めたわけではないのですが…。息子もマニュアルで車校終了し、今は試験場待ち。地域ごとに行ける曜日が決まっているようで、学校休むと就職に差し障るので冬休みに入ってから行くみたいです。
親の方は、えっちらおっちら介護をしていて、私も父親が仕事の日は1日面倒を見ています。母の状態もそうですが、父の方も寄る年波には勝てず、疲れが見えてきたのもあり、来年度は介護態勢を変える話も出てきていて、ケアマネさんといろいろ相談しないといけなくなりそうです。また父と二人で新しい態勢をつくっていかないといけません。
我々夫婦は、お互いちょっと疲れが出ているお年頃ですね。小さな不調と戦う日々。
おっさんやなあ、おばさんやなあ(笑)
夫が一昨年から1年かけて五十肩を概ね克服。
私は腰痛がひどいので、秋から接骨院で骨盤矯正に通っていて、調子がいいです。
で、今度は落ちきった腹筋(腹筋をつけようと腹筋体操をすると腰痛が出る悪循環)を起こすためにEMS(乱暴な言い方をすると医療用sixpad)にチャレンジしています。
出費は痛いですが、ほんとに何年も苦しんできた腰痛が和らいで、足の運びが良くなりました。
今は私達の頃より産後の骨盤矯正がポピュラーな様で、若いお母さんがたくさん来ていて、彼女たちが連れているかわいい赤ちゃんを眺めて癒やされてます。
若いうちにそういうことはやっておいたほうが良いよ、正解だよ、あたしゃあ大変だったよと言って回りたい気持ちをぐっと抑えてEMSの機械にお世話になっているおばさんがここに(笑)
車の方は、この1年洗車にかなり注力して、一応ベースの態勢とパターン出来たかなと思います。もうあそこまで必死こかなくても大丈夫。
腱鞘炎にもなってしまったので、しばらく注意して、あまり凝りすぎないようにしようと思います。
来年は、前半はまあ、現状が続く感じですが、趣味の方ではなんとかユイレーシングスクールの参加者になりたいです。
昨年からずっと、自分の経験してきたことを沢山書いてきて、読んでくださる方、反応をくださる方が少しずつ増えて、拙い、自己満足的なものにお付き合い頂いていることを時々申し訳なく、でもありがたく思っています。
アクセスを見る限り、実際にお知り合いでない方で読んでくださっている方もいらっしゃると思われ、感謝しているのと共に、書くときには自分が100%できていないかもしれませんが、読んでいただいた方の役に立つことも視野に入れて書こうとしている部分もあります。できる限り実感を伴ったものを書きたいという所はベースにありますが、そのへんが矛盾、葛藤するところです。
わからない所はわからない、間違っているかもしれない。そこは大事にしたいと思います。
運転に関しては、書こうとする事で、自分自身は勉強になります。しかし、言葉から想起されることと、実際に自分がそれをできるようになった時に感じることは、あくまで私の場合は、ですが、ギャップがあったりもします。
同じ理論を聞いていても、人によって考えていることはきっと若干違うと思います。
だからこそ、感情や瞬間のわかりやすさを捨てて、あえてこ難しく見える表現に努力をしようとしている部分もあります。
スクールの現場ではそれが形となって現れて、みんながそのギャップを埋めていっているのかも。
私自身はある程度のところをこえると、前後左右、上下のことくらいしか考えてないんですけどね。
4本足は4本で走ろう。いつもそこに戻っていきます。
車の趣味は安くはありません。その中で、スポーツとして「走る」ということは消耗品がかかりますので、ハードルが高いと感じるのは当たり前だと思います。
私もお金はたいしてありません。次のタイヤを買うお金のことを考えると。
今まで作り上げてきた家庭というものが自分にとっての拠り所なので、何かあれば簡単に、走れなくなる、ということは365日考えています。
それでも、2年前、3年前に思っていたよりも、ずいぶん多くのことが出来て、自分が「走りたいのだ」という意思表示をすることで、周りの人から助けられていることがたくさんあります。ユイではお金をかけずとも走れる方法もみんなで模索しているし、そもそも師匠がレースに出ていたころもお金がなかったそうなので、諦めない気持ちになります。
そんな日々を、わりと素直に綴っていきたいと思っています。
今は、本音は、偉そうなことを沢山書いてきてしまった自分にちょっと呆れているのと、とにかくフジのP2でぐるぐる走りたいです。
この数年、本当に楽しかった。書くよりも走るほうが絶対楽しいです。
それと、ここではほんとにいろいろと長々とものを書きますが、実際に対面のときはあまりそういうことを話さないのが私です。
結構なボケ具合、シュフ同士ならシュフトーク全開、あそこまで書いといてここを知らないの?!そんなおかしな人間です。ほんますんません。
来年もどうかひとつ、よろしゅうおたのもうします。
追記
クリミのステッカー、ここに貼ってみました。
その1 の続き。
ちょうどその頃、冬にフジのショートコースで、ユイレーシングスクールのスクールレースがあった。
そこでその頃意気投合した、同じ愛知県から通うひとまわりも年が違う人とチームを組んで、私の車で出た。彼のしていることは本当に勉強になった。
私の車のポテンシャルは周りよりも低かった。当然、最終コーナーからストレートに入るところで追い越されるポイントがある。
最終コーナーは低速の深めコーナー。アウトインアウト的に回って立ち上がりアウト側に出る方法と鋭角に回って立ち上がりにイン側に出るラインが想定される。
後ろから速い車が来ていることはわかっているので、速度を落として最終コーナーを回っていった。出たのはイン側。鋭角ラインはとってない。どちらかといえば、アウトーインーイン。
交代でピットにいると、師匠がイン側に出て譲るなと真剣な顔をして言う。
進路変更して譲ると危険だという。
その意味は、師匠と何度かそのやり取りをしていく中でわかってきた。
師匠も考える時間をくれた。
その時は台数に余裕があったが、2台3台と後ろから迫りくる混戦の中での進路を変えてまでの「ゆずる」は危険なのだ。
走行前のミーティングでオーバーテイクの方法は確認はされていた。遅い方がレコードライン、速い方が進路変更をして、イン側からオーバーテイク。
徹底できていなかった。
自分なりに考えた。速い車は遅い車の進路を予測して追い越しをかける。タイミングを伺ってシフトダウンするかもしれない。遅い車を追い越す時に、反対側で一緒に追い越している他の車を出し抜くことを考えているかもしれない。
意味はわかったが、「進路を変えない」ことを徹底できないまま、その日は終わったような気がする。そもそも、その日はプラクティスに始まり、朝から同じメンバーで何度もコースを走っている。このクルマはここをこう走るという想定が少なからず周囲のドライバーにもあったはずで、それを大きく覆すこともある意味危険だったと思う。
プラクティスからレースは始まっていると知った。
私みたいなのに、真剣にそこを教えてくれる師匠に感謝した。レースに出ているということはそういうことなんだ。
(通常レースにしろフリー走行にしろ、基本のルールは決まっていて、必ずしもイン側が速い方とは限らない。)
後日、ずっとそれが気になっていた。
師匠から言われるから、叱られるからだけで考えていると、一人で判断しなくてはいけない場面で自分の判断ができないとか、同じ失敗を繰り返す可能性がある。
悪気がなくても、後ろから迫られると、無意識に退いてしまう心理ってある。
ちゃんと自分なりにそこに筋道つけないといけないと思った。
元々、サーキットのフリー走行でも私が遅いことで周囲に迷惑をかける、自分は走っていて良いのかという思いがずっとあった。それが進路変更して譲ることに繋がる。
遅いことはすぐには変わらない。自分はどうやって走ったら良いのだろう。
速い方、遅い方の両方の立場にたって考えた。
その瞬間だけでなく、そのレースは耐久だったので、ひとレース単位で考えてみた。
思えば結構単純なことだった。
速い方の立場からすれば、遅い車が最大限速く走った方が、追いつく回数が減る。
遅い方からすると、その場合遅いなりの最大の速さが得られる。
速い車は、遅い車の進路を変えさせて失速させて追い越すと、結果追いつく回数が増える。失速からのリカバリーは難しい。遅い車は追い越されるたびにどんどん遅くなっていく。
遅速両者が概ね悪くないコーナリングをすると仮定すると、コーナリング中の速度よりも直線の速度のほうが遅速の差は大きい。大体は速い車のほうがパワー、コーナリング性能ともに上だから、多少コーナリングスピードが遅くなったとしても、その分はコーナリング明けの直線で取り返せる。クロスラインをとったり、あえてコーナリング中は待つこともロスは最小限になるんじゃない?
あくまでも私自身の考え。それ以降レースには出ていないので正解はわからない。
しかしそういう考え方で行くと、遅い車がレコードライン、速い車が進路変更をして追い抜く、という原則に頷ける。
それを崩す「進路変えますお先にどうぞ」は危険という意味で避けなきゃいけないし、そんなことよりも、安定して最大限速く走ることが、周囲に対する礼儀ということになる。
(走り方を知っている人は、ちゃんと良いところでインを目指してきてくれる。お互いに失速無しでパスしてもらった。)
でも、それは、走っている人たちががそこに暗黙の了解をしていることが条件になる。
その周知徹底というのは思っているより大変なことなんだとその前後の出来事や、自分が守れなかったことで思うようになった。
その事があってから、公道での走り方が更に変わった。変えようと努力をし始めた。
レースはみんなが同じ目的に向かって走るけれど、公道はそうじゃない。
公道はある意味走りにくいのだと思って走る。二重三重の想定がいる。
時々聞く。譲り合う心ばかりで交通渋滞。
車線規制の時の合流がカオス。
なんて非合理的なんだろうということがわかるようになってきた。非合理的になってしまう心理も、自分がそうだったから理解できる…なんとかできないかなあ…。
周りが思い通りにならない、というのは普通のことだからイライラしない。
しても仕方がない。日本で合理的な走り方が教えられていたら、登坂車線に遅い車が進路変更、にしなかったと思う。
交通ルールは基本守る。それがちょっと合理的じゃなくても。
今まで思っていたほど理不尽でもない。
合理的かと言われると首を傾げることもあるけど、私自身わからないことだらけだし。
守っといて、私って大人〜♪って思っとくことにするんだ(笑)
ルールは守られて意味を持つ。
ルールが悪いなら破るのでなくルールを変える方が本当は正規なんだろうなと思う。
日常の中で臨機応変に状況判断するのって難しい〜。