るーさんと駆ける 

「カメだって全速力」(mamogame.hatenadiary.com)第2章。Renault LUTECIA3 RS とシュフ。

hatachi

娘と息子の誕生日が迫っています。

2日違いなんですよね^^;

娘が予定よりえらい早く出てきちゃったものですから(笑)

子供たちの誕生日にはいくつか思い出があります。

 娘の3歳の誕生日のときに、健在だった夫の母が、ケーキ屋さんでバースデーケーキを買ってきてくれたのですが、ケーキ屋さんから自転車で持ってきたので、箱が傾いちゃったんですね。三分の一近くがひしゃげたケーキに、一番動揺していたのはおばあちゃん。娘は「おいちー」ってなーんも気にしてなかったのに(笑)

 その次か次ぐらいのときに、お金が無くって、2日違いの誕生日を、真ん中の日に一度にやろうとして、すごーくシラけたこともありました。前々から説明もして、せいいっぱい豪華にしたのですが、どっちもが「自分の誕生日じゃない」とどこかで思っていた空気が漂い、びみょーな空気に。

あれは親として非常に反省した次第でありました。

それ以来、一日おいてまたすぐ、にはなりますが、必ずケーキは二回用意しています。

 自身の育った家庭には問題がいろいろあったので、家庭では、厳しくもしましたが、あなたを認めていますよ、という気持ちだけは常に伝える努力をしようと考えてきました。よそとはある意味違ったかもしれないし、甘かったかもしれない。子育ては永遠のテーマかもしれない。結果はきっと、彼らが親になった時に…恐ろしい仕事です。(一般的と言われる家庭の状況でなくても、誰かが自分を認めてくれているという状況さえあれば人の愛情のタンクは満ちます。自分はいろんなかたちを経験したかもしれないので、そう思います。

私たちは夫の両親は早くになくなったし、子供たちが小さな頃は自分の親とは訳あって断絶だったので、子供たちには事情は告げずに、祖父母と親の両方を演じようとした時期もありました。いつか話せるかなあ。

人の人生もなんどもやり直しやリスタートができる。これから先は世の中がカオスかもしれないけれど、人の生き方の選択に寛容な世の中になってほしい。なってきてると思うんです。)

 

 近年は、もうプレゼントしたくても、喜ぶものがわからないとか、欲しいものがえー…それを親からですか?みたいなものだったりして、なんだかこれでよかったのか的な気持ちが残ってしまったことも。事情があったり学校で禁止でバイトができない二人には、現金なときもあります。

お小遣いも、以前は低額で必要なときその分支給だったのですが、昨年から小遣いを金額アップして、自分で運用を考えて、それでも足りないときは交渉、という形を取り始めました。渡すときはこっちが財布が寂しいけど、お互い気が楽になった。

 

 今年は、彼らが気に入ってたデコレーション(ガトーショコラとチーズケーキのデコ)がいつものケーキ屋さんのラインナップから消えて、デコレーションではどこも見つからないので、自作することにしました。大変ですが安上がり(笑)節約中にはちょうどいいかな。

今日はチーズケーキの方を半量で試作です。本番は型を使います。ちょっとひび割れました(笑)

 

f:id:mamogame:20180528170443j:image

ケーキ屋さんのほうが美味しいに決まっているし、正直毎日だるいんですが、頑張らないとね。仕事行けないし、子供達は多分読まないけど、ブログ書けてケーキ焼けないでは子供達に申し訳ないので。

 

 

 

とうとう、来月には息子が成人です。

先日、進路のことで、慎重に考えていることを聞いてみました。

ほんとに、家では学校のことも言わないし、好きなことしてるか寝てるか。

夜更かしやらナニやら覚えましたし…。

クソババアだけはまだ言われてません(もし言ったらどうなるか、わかってるからだと思う。ふっふっふ…)

あまり大口もたたかず、背伸びもせず、かなり現実的な言葉が返ってきました。

いいような悪いような(笑)

ちゃんと学費のスポンサーには折々に説明せよと言うしかないです。

 

いろいろあって、多分、成人したから、就職したからもう安心、とはならないと、覚悟を決めています。それでも、最初の事思えば、彼らなりに、マイペースではあるけれど、ずいぶん進歩しました。

親なりにかなり葛藤がありました。ともかく、多様性がもっともっとナチュラルに受け入れられる、しなやかな世の中になってほしいし、かれらにも、しなやかに、いろんなものを受け止めて対応していける人間になっていってほしい。

彼らが一人一人で戦っていくのか、家族で戦っていくのか、まだまだ先はわかりません。

生涯収入とか社会的成功とか、あれば苦労はないけれど、そういうことよりも、自分の人生をたのしめる、自分を、いいところも悪いところも認められる人間になってほしいと思います。それができてない〇〇な大人を最近よくメデイアで見ますね。

今の学生たちの世界は、ものすごく自分で適正な自己評価をするのが難しいのではないか…我が子達の背中の向こうはたくさんは見えませんが、時折そんな気がしたことがあります。もう、我々のものさしなど、測れるものがどんどん減っています。

寄り添わなきゃ、我々が勉強しないといけないのでは…なかなか厳しい。

 

彼らの人生もそうですが、我々夫婦も、10年後20年後はどう生きたいのか、考え始めたほうがいいのかな…親の寿命、子供の動向…自分たちで決められない要素ばかりだけど…^^;でも自分自身の人生だからねえ。もうアラフィフだし、明日突然血管が詰まってもおかしくない。

だから毎日を一生懸命生きようとしています。

子どもたちには、小さいうちは精一杯大きな存在を演じましたが、中学へ上がったくらいからでしょうか…?なんとなく、親だけが正しいとは限らないということをわかってほしいと思っています。正しくあろうとはしていますが、ただ、一生懸命考えて生きてるだけなんです。

自分もそうだったけど、子供って親のいいところや悪いところをわりと冷静に見ている反面、親は絶対的存在でもあります。子供なりにすごく葛藤があったのを、自身は覚えているので、子育てはものすごく心を削られます。

一番見られているのは「親は本気かどうか」かもしれないなと、時々背筋が伸びます。