るーさんと駆ける 

RENAULT LUTECIA3RSに一生懸命乗っています。こそっとkangooもいます

感謝しつつ好きな事をエッセンスに〜YRS’s Trioval track その3

トライオーバルスクールに参加していたその日の午前中、ちっとも車が進まない時、「もうこれでユイ通いやめようかな」とは全く思わなかった。「絶対操作に原因があるよなあ、納得いかない」とは思っていた。

ココロの重心を真ん中に戻して、運転に修正をかけて車が走り始め、操作が整い始めた頃に思ったのは、もうちょっと参加機会を増やせる様に何か努力できないだろうか、だった。

 

 最初にユイレーシングスクールに参加してから多分もうすぐ9年が経とうとしている。そもそも、ここまで必死に運転のことを考えているのには、本格的に「運転」に興味を持ってから何年か紆余曲折の末、ユイレーシングスクールの門をくぐるまでの間に深い疑問を持った事の答えを、自己満足にしかならないかも知れないが、それでも得たいと思って来たからだと思う。

ある程度の所までは得られている。

短い言葉で説明するのは無理がある。運転技術も勿論なのだけれど、考え方の方もなんだろうと思う。

初参加の時の申し込みコメントに「ちゃんと運転したいです」と書いた事を覚えているが、ずっとその「ちゃんと」を追いかけている。ひとつ進むたびにゴールはひとつ遠くなる(笑)新しい課題と目標が自分の心から湧いてくる。

 

 

 10年以上前、車が自分の趣味だと思う前、本当に「無私」で生きていた時期があった。幼少から家庭的な苦労が多かったので、出産後は人一倍家庭運営と育児には必死だった。周囲は褒めて下さる方も多かったけれど、ある時、今思えば本当に抜け殻になりそうな時があった。それを止めてくれたのが車の趣味だった。

夫が車が好きで、それに伴走していただけだったけれど、何とかやりくりして自分の相棒を持つ。ある種必須ではないことを、純粋に自分が楽しいと思えるという理由だけで頑張る。という事がひとつくらいあっても良いのではないか。そう思わせてくれたのが、黄色いプントアバルトだった。

プント入手前、子育ても大変だし、お金も大変だからと、車趣味は夫に任せて自身の車趣味度を削ぎ落としてしまおうと決めてみたものの、そう決めた中で運転の楽しさに気付いてしまった。ブーメランでマニュアル小型輸入車に走った。30代後半の話。その後プントを経て前の相棒を得て、これはちゃんと運転しないと楽しむのが難しいと思ったが、そこからちゃんと習える環境で、ちゃんと教えてくれるスクールに巡り合うのに1年以上を要した。(今思えば、プントの時に運転習おうと思えたらベストだったなあ…たらればだけど)

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趣味から生まれるエクストラパワーを実感して驚いた。人間って、本当に無私だけで生きてると、どこかで独りよがりになっていく気がする。自分以外の人のためを思っているはずなのに、消えない心の奥の理不尽な不安や不満が、自身や周囲を蝕む。

自分のために過ごす時間の大切さを知った時だった。今回参加している途中にその感覚を思い出した。

みんなで一緒に走ることは、決して自分のためだけに走っているわけではない。自身の向上を目指すのと共に周囲と仲良くしていく事も含めて勉強。でもそれも含めて自分のための趣味の時間。

 

今の若者は本当に大変だ。子供達が働く年代に入り、その様子を見ていて、明らかに自分たちの世代の若い頃とは違う。労働環境であったり、給与であったり、問題を感じて憤ることもある。

運転力の向上が実生活に役立つとはいえ、私は家庭において今何をすべきだろう。参加の間が空いてしまうのはそういう思いも根っこにある。

若者の車離れ、そりゃそうだろう。保険料ひとつとっても現状との矛盾を感じる。

物理的な時間の余裕のなさもそうだけれど、上も下も教育やその中の失敗をしている暇も余裕もない。そんな会社が多くあるような気がする。

 そういう思いをずっと家で受け止めてきたこの何年間かだった。昔も今も生きることは大変だけど、何かしらこの先、生き方を考えて何かしら方向を見出して行かなければ、過去の時代の幸せのモデルには無理があるのではないかと思っている。私自身幸せの雛型は昔から信じていなかったのに、親をやっている間にどこかで染まっていたのか。

でも我が家にとって、家族各々にとって何が将来の幸せにつながるか、今はわからない。若者は急に人生が動くし、そもそも我々親に今更できる事があるのか必要なのか。今も過去も私の家族への関わり方はどうなのか。いろんな事を考える。考えるが、実際できることは、ただ見守ることと、不用意に手出しをしないという、母親には結構辛抱のいる状況だ。もうあの子たちの人生なのだ。

 

おそらく、私がこの先運転の練習を続けていく事は、(判断だとか情報収集だとかいろいろ足りてないけれど) 日常で家族が今までのようにインスタントに感じられる様な上達があまりないと思う。

それでも、自身の趣味を続ける意味と、参加への努力の余地はあると思っているし、家族各々が自分なりの楽しみをお互いに優先し合える環境を作れたら幸せだ。

 

今回と前回の参加で気付いた事が2つある。

ひとつは、参加すると疲れてしまうかと心配したが、逆に体調が良くなる。

独りで長距離を行き帰りするので、自分が体調を崩す事で誰かに迷惑をかける事がない様に、すごく気をつけて自分を気遣ってはいるが、体に良い意味での刺激ではある様だ。数年前に体調崩して一時は本当に弱ったけど、必要と挑戦と工夫が回復を生み出すものだと思う。

 

もうひとつは、タイヤとガソリンが減らなくなった。それはある意味速さと比例する部分もあるのだから、速さを求めれば全てが良いこととは言い切れないが、以前と比べて遅くなったという訳ではないと思っていて、今後参加が続けられれば、どうなるのか、ある意味面白いと思う。

往路復路のペース配分は確実に安定して以前より楽になって来た。

まあただ、タイヤがあまり減らないのは、近年タイヤのエコ化が進んでいる様なので以前と比べられるのかよく分からないし、他も条件が揃い切らないし、燃費も測ってないし、あまりハッキリしないから感覚的な話ではある。

(ハイグリップタイヤは私には高いと思うし、日常には勿体無いので買わない。となるとエコ要素のないタイヤというのが選べない状況になって来てる。エコ要素で減らない部分があるのだとすれば、感触などあまり好きとはいえないが受け入れるしかないんだろうな。そもそもタイヤを語れるほどの経験がないから、その時の状況を感じ取ろうとしているだけか)

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さあ、来年は何回行けるかな。

家が建って干支が一周。家電と住宅設備のモンダイもやって来るぜ!

がんばれるーさん、がんばれ私、みんながんばれ、でも頑張りすぎるな!